「米英の手によるナチズムやファシズムがロシアを滅ぼそうとしている。戦いでの連帯を呼びかけ、再び勝利する」(ロシア・プーチン大統領)、「ナチスのプーチンが大規模な攻撃を行った」(ウクライナ・セレンスキー大統領)、「ナチズムとの戦いが欧州に戻ってきた」(モルドバ・サンドゥ大統領)などなど。他国の行動をナチスになぞらえてされる発言は数多くある。そこには、「ナチス=悪」であるという図式がある。しかし、「ナチスは「良いこと」もした」という逆張りはかねてから存在する。絶対悪とされるナチスについて、なぜそのようなことが言われるのか。
本書では、ナチスが行っていた「良いこと」について、これまでのナチズム研究の成果を踏まえながら、検証を行っていく。例えば、ナチスは「世界で初めて少子化問題を克服した」との言説がある。結婚資金貸付制度や手厚い育児支援策などがあるが、その目的には、国民の生活に配慮しているとの姿勢を示して人々の戦争協力を引き出すこと、将来の兵士や労働力を確保するためなどがあった。さらに、ナチス政権下で国民として想定されていたのは、人種的に問題がなく、遺伝的に健康で、反社会的でもなく、ナチ党にとって政治的に信用できる人たちだった。つまり、ユダヤ人や障害者、「反社会的分子」とされた人たちは、社会政策の恩恵から排除されていた。
「ナチスは「良いこと」もした」ということ以外にも、こうしたポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)への逆張り的な言説はたくさんあって、その多くがSNSなどで拡散されている。それにより、ヘイトスピーチやヘイトクライム、政治的な対立を生むこともある。そういったことにどう対していくのか。考えていく必要があると感じた。
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