センター職員今月のいちおし!9月

ハリネズミは月を見上げる

著者 あさのあつこ
発行 新潮社 1,450円+税




田中 澄代


鈴美は通学途中の満員電車で、痴漢に遭い遅刻してしまう。その時、同じ電車に乗り合わせていたのが同じ高校に通うK

教師は、痴漢にあったことが「トクベツ」であるかのように、状況(思い出したくないこと)を詳しく話させようとする。鈴美は辛く苦しい状況から解放されたくてなかったことにしようとする。自分が悪くもないのに「ごめんなさい」。「ごめんなさい」と無造作に謝ることで、その場を収めようとする。Kは違う。痴漢に遭った時も、教師に対しても、決して周りに同調ない自分らしさを保ち続ける。そのKに鈴美は惹かれていく。

Kは姉が大学を卒業し就職したのち、上司から罵倒され続け、生きていく力さえ奪われていることに心を痛めている。言葉は使い方を誤ると凶器になり、人を砕いてしまうこともある。何気ない日常の中で、何気ない言葉によって、相手を窮屈な場所に追い込んでしまうことを体験しているKだからこそ“森の王国”に思いを馳せていたのかもしれない。

“森の王国”は 鈴美の書いた物語。そこに登場する主人公ハリネズミは、怒るとすぐに背中の毛を立てて揺らす。その毛は針のように硬く鋭いが凶器ではなく自分を守り抜く武器であり、仲間を助けるときの武器にもなる。

社会には人をぎりぎりまで追い詰める、目に見えないシステムが作られている。私たちは、そのシステムに巻き込まれない、善悪を見極める力を身につけていかなければならない。ハリネズミのような武器をもつこともありだろう。

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