第2次世界大戦を体験していない者にとって、戦争とはどういうものなのだろうか。戦争と言われてすぐに思い描く映像と言えば、湾岸戦争やイラク戦争で都市が爆撃される映像であったり、9.11の同時多発テロでビルの崩れ去る映像である。それはテレビや新聞が情報として伝える遠い世界で起こった出来事であり、自分や自分に近い存在が傷つくことはない。だから、ほとんどリアリティを感じることができない。
この物語の主人公も戦争の中に当事者として身を置きながらも、最後までリアリティを感じることができなかった。主人公が戦争を感じることができたのは、戦争終結後、唯一つの喪失感を感じてからだった。
この物語の中での戦争は、町同士で決められた事業として行われる。町役場の職員が事業として、淡々と戦争という業務を行っていく中で、主人公もその業務の中に組み込まれていく。しかし、近くで戦死者が出るわけではなく、主人公は戦争を感じることができない。町の広報紙で伝えられる戦死者の数だけが増加していく。
そんな中で、何の前触れもなく突然に、戦争は終結する。主人公にとって戦争とはどういうものだったのか、自問するが答えは出ない。「戦争は本当にあったのだろうか」とまで考えているときに、主人公は大切なものをひとつ失うことになる。このときはじめて主人公は戦争を感じ、「これが戦争なんだね」と理解することになる。
戦争はその中にいる人から様々なものを奪う。大切な人や財産など、戦争によって奪われる。しかし、その外にいる人にとってはどうだろうか。何も失うことはなく、痛みを感じるわけでもなく、情報のみで戦争を知ることになる。そこでは人の命は数として表わされ、一人ひとりを人として見ることは難しくなる。戦争をなくするためには、外にいる私たち一人ひとりが、中にいる当事者一人ひとりに思いを馳せる想像力を持つことが大切な条件の一つになるのではないかと感じた。