今月いちおし!!2009年1月

オリガ・モリソヴナの反語法

著者 米原万理
発行 集英社 1,800円+税




椋田昇一

東京丸の内のホテルで、戦前鳥取で地主であったある人にお会いした。所用がすみコーヒー談義のなか、米原万里さんの出版記念パーティーに招かれたことをお聞きした。翻訳本の出版かと思っていた。米原さんは、エリツィン大統領来日の折には随行通訳を務めるなど、テレビでもよく見かけたロシア語通訳者。お父さんは日本共産党の衆議院議員であった米原昶さん。鳥取と縁深いことで、それだけは私も知っていた。

それから2年、昨年末に学生時代の「解放研」の同窓会があった。私の右隣席にいた後輩からこの本を紹介された。米原さんが初めて著した小説だという。読み始めるとどんどん引き込まれ、一気に読みたい気持ちと、なぜかそれではもったいないという気持ちとが綱引き状態だった。

主人公の(ひろ)()志摩(しま)は、ソ連邦が崩壊した翌年に三十数年ぶりにモスクワを訪ね、オリガ・モリソヴナの想い出を巡る謎を解きはじめた。時代の激動に巻き込まれ数奇な運命をたどり、過去を秘めながら生き延びてきた女たちの人生があった。

彼女が褒めたらその裏返し、オリガ・モリソヴナの反語法とは、人を褒め殺しにするものであった。まるで喜劇を演じているかのようなオリガ・モリソヴナの衣装や言動は、その裏のむごたらしい悲劇を訴えるというよりも、むしろ、悲劇を乗り越えるための手段であったのだ。

チェコスロバキアの首都プラハにあったソビエト学校に1959年から5年間在学し、9歳から14歳までの少女時代を過ごした著者と主人公シーマ(志摩(しま))とが重なる。

この米原万里を創ったものは…、読み進むうち私はいつものクセに陥った。中学2年で帰国し地元の中学校に編入したが、日本の教育が知識をばらばらに腑分けして丸暗記するようなものであることにひどく面食らった。そして、ひたすら部品になりきれと迫られるようで、人格そのものが切り刻まれていく恐怖を感じたという。

この本を紹介されたときに私の左隣席にいた先輩は、「病気のおかげで何が大事かを見つけることができた。人がモノとして扱われ、切り裂かれて、全体性を奪われているこの社会のありようを、自分に問題が振りかけられた位置から少しでも変えられたらいいなと思っている。仲間に出会って、ようやく私は自分自身の全体性を取り戻しつつある」と精神障害当事者団体の機関紙に綴っていた。

 米原万里は「こんな世の中だからこそ、違う価値観に身を置いて、常識をずらしてみることもいいんじゃないかしら。いままでとは違う新しいものが見えてくるかもしれませんよ」といっている。享年56歳。早すぎる他界が惜しまれる。彼女の本をもう少し読んでみたいと思う。 合掌


 

 

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