09年広島。「たくましく 強くて 何でもできる人は きっと人を救えない もろくて 弱くて ボロボロで ぐちゃぐちゃだったけど きちんと立ち上がって歩いている人しか きっと人を救うなんてできない」、リストカットを繰り返した少女がいま母に送り届けるメッセージを、母親である友人に聴いたこの秋。小説『橋のない川』にも、針の痛みとにじみ出る赤い血に人間証明をみる場面がある。歴史は姿形をかえながら織り成されるのか。
「カニコー」の多喜ニブーム。そして、『カムイ伝』現象と呼ばれる09年。どのような社会にも潜む差別構造と格差、社会の最底辺から社会を眺め渡し闘い続ける。格差の固定化、その原因は私たちの中にある差別感と無理解にある。自分たちが知らない人々の生活に気づくこと。安定した生活を送っている人であればあるほど、大事なものが見えない。その自覚が必要だ。カムイ伝は「今」を教えてくれると『カムイ伝講義』の著者田中優子は語っている。
プラハのオバマ演説から三宅一生が、そして福山雅治がそれまで自分の心の奥底においていたものを語りだした。自分の中にある記憶のフィルムが回りはじめたのだろう。自分の人生の意味、「生きること」の意味を問い直さずにはいられなかったのだろうか。この年、私は広島を訪れることができた。そして不見識にも、啄木の歌「地図の上 朝鮮国に黒々と 墨を塗りつつ 秋風を聞く」を知った。それから100年を迎えようとしている。
もうひとつの100年は大逆事件。『橋のない川』に描かれている「こうとく・しゅうすい。名はでんじろう」この調子は何十年と忘れることがなかった。しかし不覚にも、「行き先を 海とさだめし 雫かな」と詠んだ成石平四郎が描かれていたことにこの度気がついた。
新しく迎える「10」年。命と平和、平等と人権、そして人が生きることを再考しながら、理不尽と不条理に向き合っていきたいと思う。まずは3度目となる『橋のない川』の読み直しから始めようと心に決めた。