今月のいちおし!!2017年2月

i

著者 西 加奈子
発行 ポプラ社 1,500円+税




衣笠尚貴

 「i」。みなさんはこの「たったひとつの文字」から何を思い浮かべるだろうか。普段だいたい、著者のネームバリューよりタイトルに惹かれて本を購入するほうだが、このタイトルほどそうであったことはない。
 いきなり「この世界にアイは存在しません。」という数学教師の言葉が出てくる。
 物語の主人公は、ワイルド曽田アイ。アイである。アメリカ人の父と日本人の母。その両親の血をモアイには流れていない。アイは「ハイハイを始める前に両親のもとにやって来た」、養子として。
 父の仕事の都合で日本にやって来たアイの思考を描写しながら物語は進んでいく。
 自分(アイ)の生まれたシリアの問題や、9・11テロ、東日本大震災についても描写され、アイは苦悩を繰り返している。
 “恵まれた部屋、恵まれた環境、恵まれた命のことを思うと、アイは感謝するより先に苦しんだ”
 ナイーブな問題ともいえるこれらの問題を扱っていること自体、この本はすごいのかもしれないが、私たちは多くの出来事を、深くは掘り下げないでやり過ごしていることの方が多いはずだと教えてくれる。起こる出来事があまりにも多すぎて。
 しかしアイのなかでは、アイの意識のなかでは、それらの出来事は消えていない。けっして目を逸らさない彼女は、それゆえに苦悩しているのだ。
 著者が突きつける現実は、きっと読者の身に迫る。幸福感だけでなく、やり場のない思いも。
 アイの叫びを、著者の叫びを受け止めて、吸収して、生きてみよう。

 

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