センター職員「今月のいちおし」10月 New!

YABUNONAKA-ヤブノナカ-

著者 金原ひとみ
発行 文藝春秋 2,420円




衣笠尚貴


 ある告発から物語ははじまる。

 その一つの告発をめぐるそれぞれの立場は、加害者、被害者、その家族、同僚…と章ごとにその視点が変わっていく。いずれかの立場に深く共感し、その共感を増長させながら物語を読み進めていく、といういつもの安心感はそこにはなく、どの立場にもなぜか共感してしまう。「確かにその立場ならそう思ってしまうよな…」と妙に納得させられてしまう。

 日々私たちの元へ届けられるニュースの数々、とりわけSNSの世界では、「誰かが誰かを叩いている」光景を目にすることがしばしばある。その光景の裏側には、さまざまな人たちの、さまざまな感情や葛藤が渦巻いているに違いない。だけれど、そのさまざまな感情に思いを巡らせ、葛藤をと読み解くのは簡単ではなく、どうしても自分が正しいと思う方へ、偏っていってしまう。

 そしてその偏りの方向の行きつく先が、社会のなかで力を持っていたり、優勢とされる側だったとしたならば、その側に立ち「正しいのだ」と叫ぶ声は、そうではない誰かや何かを追い詰めることだって十分にあるのだろうと、改めてそんなことを突き付けられた感じがした。

 相手の視点に立って、気持ちや意図を想像することや、その気持ちに共鳴し喜びや痛みを分かち合うこと、そしてさまざまにある「ちがい」を認め合うことなど、いわゆる他者社理解の大切さを私たちは考えようと努力している。しかしながら、どうしても分からないことだってあるのだろうし、簡単に分かった気にならないことの大切さを本書は教えてくれる。

 それでも現時点で至る結論は、身近な人間関係や過去の出来事を振り返りながら、自分が正しいと思って声をあげてきたことをも問い直し、相手に見えていたかもしれない別の景色をいま一度想像しなければということだ。決して簡単に分かった気にならないことを心がけて。

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